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台北市の北部に位置する内湖区は、近代的な高層ビルが林立し、新興開発エリアとして知られている。基隆河の北岸にあり、背後には深い緑に覆われた山並みが迫る。居住環境の良さもあって、地価の上昇率では毎年必ず上位に名を連ねている。
地図を開くと、基隆河の北側に「大直」という地名が確認できる。ここは毎年端午節に行われるドラゴンボートレースの会場になっている関係から、この地名を耳にした読者は多いかもしれない。
この土地は、古くはケタガラン族の人々が暮らしていたとされる。その後、漢人の移入が始まり、清国統治時代には「分類械闘」と呼ばれる族群同士の衝突と戦乱が繰り返された。ケタガラン族の人々はこの時期、徐々に漢人への同化を強いられ、アイデンティティを失っていった。

「大直」という地名はその地形に由来するものである。1684年に編纂された「清康熙台湾全島預覧図」の中には、すでにその名が記されている。台湾北東部を水源とする基隆河は、常に曲がりくねった状態で流れているが、この辺りを流れる時だけは一直線となり、河幅が広くなる。これが「大直」の由来だ。日本統治時代には「だいちょく」と呼ばれていた。
周知のように、日本統治時代、台北市の北部には神社が設けられていた。剣潭山の山麓、現在は圓山大飯店が建っている場所には台湾神社が鎮座しており、その東の脇には台湾神宮が鎮座式を待っていた(挙行前に焼失)。そして、現在、観光客も多く訪れている忠烈祠は護国神社のあった場所である。つまり、大直地区には三社の神社が基隆河を挟んで市街地に対峙していたのである。
現在、このエリアには海軍総司令部や三軍大学など、軍関係の施設が並んでいる。これらはいずれも国民党政府が台湾へやって来た際、日本人が残していった施設をそのまま利用したことにちなんでいる。また、周辺地域は軍関係者の居住地となった。この地域の外省人比率が高いのには、そういった背景があるのだ。
6月を迎え、ドラゴンボートレースの練習も始まった。南岸の広い川辺は緑地として整備されており、週末を中心に市民の憩いの場と化す。また、サイクリングを楽しむ人も多く、レンタサイクルの出店まである。豊かに水をたたえた基隆河。その眺めを前に、歴史に思いを巡らせてみるのはいかがだろうか?
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