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2008年7月
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台湾で活躍するカメラマン熊谷俊之さん
――日系芸能人のMAKIYO(川島茉樹代)が東北地方を紹介した旅行本「日本絶色美景」(2月1日発行)の写真を担当されましたね。
「今年1月4日に日本に行き撮影したのですが、わずか6日間というハードスケジュールでした。栃木県の日光から宮城県の松島までMAKIYOちゃんといっしょに行動しました。写真撮影ばかりでなく、記事のための取材、執筆も同時に行われるという、ともかく忙しい旅でしたね。それで2月1日には発行したのですから、日本では考えられない早業です」
――これまで芸能人の撮影が中心ですよね、どのような仕事が多いですか。
「仕事の9割は人物撮影で、それもほとんどが芸能人。主に雑誌の仕事です。もう6年ぐらい表紙を担当している雑誌もあります。芸能人は台湾ばかりでなく、日本から台湾を訪れた芸能人も撮っています。例えば、モーニング娘の安倍なつみ、氣志團、DJオズマといった人たちです。でも台湾の芸能人と日本の芸能人では大きく違いますね。台湾の芸能人はフレンドリーなんです。それも根っからのフレンドリー。日本の芸能人もフレンドリーのようにみせていますが、それは仕事としてやっている感じ。台湾の芸能人はメールアドレスを交換してくれたりします。こちらではレコード会社の忘年会に呼ばれることもありますよ。でも最初、仕事は全然なかったです。雑誌を見て編集者の名前を調べて電話をしてアポとって実際に会うといった繰り返し。紹介から紹介で徐々に人間関係を広げていきました。運が良かったですね」
――台湾に来るきっかけは?
「実は日本では高校に行っていないんです。だから大学入学資格検定を受けて、大学入学試験を受けたのですが、結局一浪してもだめでした。大検、大学入試と3年も予備校に通っていたので、環境を変えようと思ったんです。そこで母親が戦時中疎開していて知り合いがいる台湾が思い浮かびました。どちらかというと、消極的理由だったんですが、実際に台湾に来てみて気に入りました」
――写真を撮り始めたのは、いつ頃からでしたか。
「大学3年生のとき、授業のフィールドワークで花蓮を訪れて写真を撮ったのが初めてで、写真の魅力にとりつかれました。でもこのまま台湾でプロになるのではなくて日本で修業したほうがいいと思い、大学卒業後、東京の写真スタジオに入り、住み込みのカメラ助手となりました」
――台湾のどんなところに魅かれましたか。
「親日的で人間が温かいんですね。それから形式にとらわれない。例えば、私が台湾に来た10数年前は、バスが交差点で停まれば、停留所ではなくても乗りたい人はだれでも乗れました。当時は台北市内でMRTを建設中で、空気は汚いが活気があるところだと思いました。ところが、ノンビリして社会がゆるい雰囲気など学生時代はいいと感じていたところが、仕事となると、ちょっと問題なんです」
――具体的に言うと、どういうことですか。
「日本ではアシスタントがシロと思っていてもカメラマンがクロといえば、クロになるのがカメラマンの世界なんです。アシスタントはカメラマンに絶対服従で、やれといわれれば、できないと思ってもなんとかできるようにする。でもこちらではアシスタントを雇って、あれこれ指示してもアシスタントは行動する前に頭で考えて『できない』という。実際にやる前に投げちゃうんです。また雑誌の表紙を撮るとき、編集者側にどういう感じでいくのかと聞いても、明確に言ってくれない。ところが5分前に日本の雑誌を持ってきて、こんな雰囲気と言ってくる。日本の雑誌の表紙の撮影って、5分でライティングの準備ができる訳がないんです。うーん、これは理解を超えますね」
――それでも台湾で写真をやっているのは?
「台湾でのギャラは、日本よりかなり低いんです。だから普通に考えると、台湾でカメラマンをやる必要がないんですね。うまみもない。それでなぜ台湾で写真をやっているかというと、結局、台湾が好きだからなんです。写真を知る前に、台湾を知って好きになったからです。これからも撮り続けたいと思っています」
【略歴】
1971年、栃木県生まれ。1990年台湾に渡る。国立台湾師範大学で中国語を学び、国立台湾大学文学部人類学科に入学。96年同大を卒業。翌97年日本に帰り、東京の写真スタジオで助手として2年間勤務。続いてフリーカメラマンのアシスタントを半年ほど務めた後、台湾に戻りカメラマンとして活躍中。
取材メモ◆
在台湾18年目になるとあって、台湾の事情に通じている。お邪魔した熊谷さんのスタジオには、台湾芸能人の写真の数々が飾られていた。有名芸能人との2ショットの写真もあった。日本人としての確かな仕事ぶりと、穏やかな人柄が親しみを持たれているのだろうと思った。
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